レポート「音のないダンスワークショップ」

*「音のないダンスワークショップ」が開催されると知った。「きこえるきこえない、一緒に動いてみるワークショップ」と書かれている。ろう者と聴者とが一緒になってやるダンスのワークショップ(以下WSと表記)だという。

 私は今年(2023年)1月に『注文の多い料理店』(劇団FOURTEEN PLUS 14+、ぽんプラザホールにて)を見た。聴こえない・聴こえにくい人にも楽しめる公演を模索していて可能性の広がりを感じた。何よりそれが奏功して舞台作品として面白かった。それ以来、ろう者の舞台活動(及びろう者と一緒にやる舞台活動)に関心があり、このWSを見学させてもらうことにした。

1日目:2023年10月1日 @ふくふくプラザ

 ホールに行くと、板張りの空間に未就学児ぐらいの子どもから高校生、20代、上は60代70代?ぐらいまで20名程度がおしゃべりしたりストレッチをしたりしている。入り口付近に見学者向けに椅子が並べられ、ホール奥がWSの場所。その間の横壁にスクリーンが用意され、UDトーク(音声認識で声を文字化するシステム)の文字が写し出されていく。A3程度の小型モニターにも同じように映し出されそれは参加者に、より近いところに設置されている(可動式)。今回の補助はこのUDトーク(文字支援:宮本聡)と、手話通訳2名。まずは「注文の多い舞台公演実行委員会」の野上まりから本WSの概要説明があった。

<注文の多い舞台公演実行委員会とは>
2023年1月の『注文の多い料理店』を上演するために、2022年4月に設立。舞台手話通訳や字幕等を活用し、多様な観客へのアクセシビリティを保障した舞台公演を実施し、舞台公演を通じて理解・啓発を行うことが目的としている。それまで聴覚障害者に関わりのなかった舞台の演出家、きこえない当事者、手話通訳者、UDトークによる文字支援者4名が集まり結成、現在は5名で活動。

 本日の参加者は17名。野上から講師の百田彩乃が紹介される。百田は「ももちゃん」と呼んでくれと言い、聴こえる人も聴こえない人も、両者がダンスを楽しむにはどうしたらいいかを念頭に置いて進めていきたい、音のない状態でダンスを作り、2回目の15日には動きに音を合せるかたちで発表を行いたいと話す。なるほど、音ありきではなく、動きに音をつければいいだけの話なのかと目からうろこが落ちた気分になる。ふだんのWSと違って、ろう者には後ろから声をかける時にはトントンと肩を叩くことや遠い場合は手を振る、足踏みをして振動を伝えるなどをあらかじめアナウンスがされた。

 さてWSは、呼ばれたい名前での自己紹介から始まり、円を作って並び、ももちゃんの真似をしていく。飛行機のようなポーズで歩いたり、張り手をしたり、四つん這いになったりしながら歩き回る。次はアイスクリームになって…それが溶けていって…(エア)ボールを手に載せて歩き回って…。

 次は折り紙を使ったワーク。後から分かるがWS全体を通してこの折り紙を使った動きは発表会でも中心となる。少しの風や勢いでヒラヒラと舞う折り紙は、掌に載せればその一点に集中して歩かねばならないし、折り紙が落ちたとしても持っているつもりで歩くさまは流線を描くように優雅な動きでそれだけで絵になる。参加者も身体のあちらこちら、例えば肩・おでこ・腰・足のすねなど自由なところに折り紙を置くようになり、固定観念から解放されていくさまが見て取れる。おや、胸に載せるために寝転ぶ人も! 

 折り紙の色で5つのグループに分けて、各色のイメージでポーズを3つ作ってもらうこともやった。それを流れるようにリレーしてやってみると、なんとこれだけでもうダンスができちゃった! 最後は渦巻き状にならんで、またまた折り紙リレー。折り紙が掌から落ちたら「あぁ…!」と嘆いて床に座り込むポーズをとりながら(笑)、全員が折り紙を掌に載せられるまで続ける。そして手を天に掲げ…最後はみんなで踊る、歩く、旅をする!

 …「がんばった自分にタッチ、前の人の背中をポンポン!」ももちゃんの言葉にみんながにこやかに体を触っているのを見ながら、聴こえるとか聴こえないとか、ダンスのWSにおいてはあまり関係がないのだと気がついた。もちろん、手話通訳者がいて成り立っていた部分はある。だが動き始めると、通訳の手話が見えなくてもさざ波のように次にやることが伝わっていく。それで十分なのだ。待てばいいし、多少ずれがあっても人と違った動きをしていてもいい。全く問題ない。そのことに気がついたことが、見学者としての大きな収穫だった。

2日目:2023年10月15日 @コミセンわじろ 5階

 本日は、前回の動きを基にして発表するという。新たに登場したのは、こだまこども合唱団の加護ひかりさん。みんなのダンスを見ながら動きに合わせて即興でピアノを弾いてくれるという。始まる前に、ピアノの下にもぐって音による振動、共鳴を体験する参加者たち。

 さて前回のWSを基にももちゃんが考えてきた動きを一からやっていく。でも「振りのある踊り」ではない。「竜巻がやってきた! 竜巻に巻き込まれた動きをやろう」というように、参加者はその場その場で感じる動きをやっていくのだ。たくさんの笑い声が出て、ピアノの加護さんがそれに合わせて音を奏で、見ているのが本当に楽しい。ももちゃんが「ダンサーのみんな、集まってください」と言うと、「ダンサー」という言葉にみんなが反応していた(笑)。

 発表会は以下のシーンで構成された。「1)たつまき 2)どこのまち? 3)虹の道 4)虹とお散歩 5)虹のダンス 6)虹の旅」。とても自由で見ていてとても面白かったのだが、その面白さは「聴こえる/聴こえない」の差異から生まれ出たものではなかった――見学者にとってはその差異は存在せず、単純にダンスとして面白かったのである。恥ずかしいことだが私は「ろう者と聴者が一緒にダンスを踊る」ということを考えた事すらなく、このWSがどういうことになるのか来るまでよく分からなかった。が、こうして作るプロセスから発表まで見ていて、失言を恐れずに言えば、あぁ、普通のことなのだと思った。たとえば、みんなが床に倒れ込む時に(足に痛みがあるのだろう)倒れずに端の壁にもたれかかることにした人がいたり、でこぼこの身長差の大人と子どもが一緒に踊っていたり、今日が初参加の人が戸惑いながら真似していたり、そういった「ちょっと違うだけ」のことなのだと。だから聴こえないがゆえに皆の動きとズレている参加者がいても、それもまた「気がつかなかっただけ」のことだし、それも含めてダンスなのだと受け止めていた。目の前のダンスをただ面白く見ていたのだ。

 それぞれの感想

 では参加者はどのように思ったのだろう? 数人に話を聞いてみた。聴者の一人は「呼吸を合わせる精度が高い」と言った。メッセージの伝わり具合が早い、例えば止まる時にブツ切れではなくなめらかに「止まる」と伝わっていくのを感じて、気持ちがいいと思ったそうだ。同じようなことを、自ら演劇WSのファシリテーターもやる見学者の一人も言っていた。「ふだん私がやっているような『せーの!』がやれないと思って(=掛け声で一斉に始めることができない)、使っている言語が違うと思った。手、目、言葉、耳、空気、それらが混在しているんだなと。ちょっとずつ待って、ちょっとずつ気を付ける、スピードとか効率のよさとかがない居心地の良さを感じた」。この二人が感じたことは、経験しないと気づきにくいことである。

 また、「概念にとらわれていない、こういうやり方もあるのか」と思った聴者の参加者もいた。彼の言う「概念にとらわれない」とは、「ダンスだが、音がない、振りがない」ということ。自由だと感じたらしい。固定観念が崩れ、ダンスへの苦手意識がクリアできたと語っていた。

 別の聴者の参加者は、自分がいかに耳に頼って生きているかと痛感したという。ろう者がUDトークをほとんど見ていないことでどうやって情報をキャッチしているのかと思ったが、一緒にやっていく中で、視野を広く持ち察知する力を研ぎ澄ませているのだと感じたという。

 聴者が「伝わり方」に関して新鮮な驚きをもったのとは逆に、ろう者は「伝え方」について思うところがあったようだ。「相手にどう伝えるか。イメージを膨らませることで表現力を高められた気がする」との感想があった。

 参加した聴者の一人の発言が印象に残っている。「聴こえる/聴こえない、関係なく、同じタイミングで同じことが伝わって一体感を感じられ楽しかった」。ろう者もまた、同じように感じたようだ。「今回のワークショップは他者と歩み寄る空間ができており、普段なかなかできない体験でした」。考えてみると、(少なくとも私は)同じ社会にいるにもかかわらずろう者と接する機会がほとんどない。同じように感じていた参加者がいたのなら、このWSは両者の距離を縮めるいいきっかけになっただろう。ただ、今回はWSが終わるとすぐに解散。「せっかくお会いできた人たちとの交流する時間がもっと欲しかったなぁと感じた」という声があるように、近づいた距離感、ほぐれた気分を持続させるために、WS後に交流する時間が設けられていたらなお良かったのかもしれない。

 最後に講師の百田に二日間の感想を寄せてもらった。

 「今回のワークショップは、今まで経験させていただいた中でも特に記憶に残るワークショップとなりました。ダンスといえばやはり音に合わせてするものという考え(概念)を、どこか別の角度からひっくり返したいという思いをもって2日間挑みました。私が発する言葉が手話やUDトークを通して参加者に伝わり、参加者の身体を通してダンスが豊かになった素敵な時間となりました。

 グループワークの時に、聴者聾者をごちゃ混ぜにしました。手話ができる子供がグループの中で通訳者になったり、出来上がったダンスをもっと工夫しようと手話で作戦を練っている賑やかなグループもいたりと、ダンスを通してコミュニケーションをとっている姿を見て、とても嬉しく思いました。

 プチ発表会では、音のないダンスワークショップにあえて音をいれました。ワークショップを通してできた作品を音のない世界へ、そして音楽性をも身体全体で表現することへの挑戦でした。参加者と観客の気持ちが豊かになる音のある世界と身体から発するリズム、身体から発する気持ちにより注目できる音のない世界と、音の有無で違う世界を楽しむことができました。聞こえる聞こえない、ダンスの経験の有無も関係ない、大人から子供まで型のないダンスができる可能性を感じた2日間でした。」

*文中は全て敬称略とさせていただいています。

タイトルとURLをコピーしました