映画『オジさん、劇団始めました。』&舞台挨拶

●『オジさん、劇団始めました。』

監督・脚本:山本浩貴

企画・制作:劇団プープージュース

出演:渡辺いっけい、やべきょうすけ、文音、田邊和也、中野マサアキ、葵揚、久米信明ほか

あらすじ

 サラリーマン、浅野拓己は、家族のために仕事にすべてを捧げてきた。自分を押し殺し、頭を下げ、言いたいことも言わずに我慢し、会社の部長にまで上り詰めた。しかし、いつしか家族は誰も拓己と話さなくなっていた。ある日、拓己は居酒屋で強烈な男に出会う。彼は劇団「野生の王国」の役者、虎山丈一郎だった。その場で弟子入りを決め、翌日には劇団に入団しに行く拓己。新しい挑戦にクタクタの拓己、彼の変化に家族は戸惑い始める。そして…。

感想

 劇団ものという興味で出かける。後から知ったが、劇団PU-PU-JUICE(2005年旗揚げ、観客動員数2000人を超える人気劇団だそうだ)の舞台作品を映画化したとのこと。エンドクレジットに「ARTS for the future!」(コロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業)の文字を見つけて、「あれ、ひょっとして? 劇団による映画製作?」と気がついたぐらいだから私の情報網はスカスカというわけだ。

 さて物語は、自分を押し殺し言いたいことも言えず、家族にも相手にされない「つまらない男」になってしまった定年間近の男・浅野拓己が、飲み屋で知り合った男の誘いで劇団に入るというもの。ラストは浅野が踏む初舞台で、劇中劇を使った映画である。笑いも泣きも想像通りの展開で、むしろあまりにも王道に予想のまんまで驚いたほどだ。誰かが本当に困った目に合うわけでもなく、悪い人も出てこない、そして全ての人が少しずつカッコ悪い。大笑いはしないがニヤニヤする平和なコメディだ。

 見どころは、初舞台『忠臣蔵』を踏む浅野がセリフを忘れ、自分の思いの丈を語りだすシーン。そう来るだろうとは思っていたが、あそこまで関係ないセリフを語るとは。ストレートな言葉で妻へ、娘への告白をさけぶ浅野の姿に思わず涙してしまった。浅野拓己を演じる渡辺いっけいが「しがないおじさんの、真剣な、必死な、まっすぐな姿」を見せてくれたからだろう。ただ一方で「忠臣蔵の芝居としてはめちゃくちゃだよなぁ。これで演劇祭のグランプリを諦めていないというのはあり得ないだろう…」と心の中で突っ込んでしまったけれど。個人的にはコメディ映画としてそんなに高い評価ではないが、ラストシーンが強く瞼に焼き付いている。みんながいなくなった劇場の舞台の上で、中年の二人(浅野とその妻)が赤い傘をさし寄り添って遠くを見つめているシーンだ。映画なのに舞台のワンシーンのようで、映画なのに舞台っていいなと思わせたのが面白い。「劇団が作った映画」ゆえんだろうか。

舞台挨拶

渡辺いっけいさん

 映画が終わった後は舞台挨拶があった(それもチケットを買うときに知った…)。登場したのは、渡辺いっけいさん(浅野拓己役)、中野マサアキさん(鰐淵修役)、田邊和也さん(板垣千春役)、山本浩貴監督の4名だ。広島での舞台あいさつを終えて福岡に来たそうだ。渡辺さんが、田邊さんのことを「本番までの過ごし方や芝居のアプローチが違っていて変わっている」と言う。神社でお参りするシーンで皆がぴたりと止まって参拝しているところ、田邊さんだけ「動いていいっすか?」と言って動く演技をしたそうだ。完成した映像を見て、やっぱり動いていてよかったよね、と。渡辺さん自身については、撮影直前になって「舞台袖でセリフを何度も暗誦して確かめるシーンを入れたい」と監督に伝えたということがあったそうだ。おかげでその後の「本番でセリフが飛んだ」というシーンとの対比が際立ったのでやって良かったと述べていた。確かにそのシーンは印象に残っている。

中野マサアキさん
田邊和也さん

 劇団についての話も面白かった。田邊さんは劇団に所属したことがないらしく、疑似家族のようで憧れると話す。千春という借金取り立てのチンピラ役をやっているのだが、彼は「劇団・野生の王国」の借金を取り立てようとするうちにいつの間にか芝居に出ているという役どころ。「芝居になじみがないのに気付くと出演している」という点が、「劇団経験はないのに映画に出ているうちに(劇団PU-PU-JUICEの)メンバーの一員になっている」という田邊さんとシンクロしていると監督に言われていた。

山本浩貴監督

渡辺さんは劇団の話を振られると…大阪芸大時代に劇団☆新感線の座長に声を掛けられたのがきっかけだと話し始めた。『サウンドオブミュージック』をやりたいという子たちと公演の予定があった(トラップ大佐の役だったそうだ)が、ところが劇団☆新感線の公演の方が先にあった。その舞台上で『エーデルワイス』を歌わされ、仲間だちは大笑い――それを客席で見ていた『サウンドオブミュージック』の仲間たちがバカにされたと誤解して…その子たちとは二度と一緒に芝居ができなくなったんですよ…と苦笑い。「それで劇団☆新感線で芝居をするしかなくなってしまって。…今思い出しましたよ」。いかにも若い頃にありがちな話で客席が沸いたエピソードだった。

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