『小説・松田弘子』荒悠平

 松田弘子さんのお芝居を見て、松田弘子さんが「増刷したばかりです」と客席(せいぜい20人ぐらい)に向かって掲げた本書を見て、思わず買ってしまった、1500円。この女優さんの、なんだろう、流暢なフランス語とか、かなり不思議な短歌のウクレレ弾き語りとか、いわく言い難い感じに惹かれて買ってしまったのですよ。(物を増やしたくない私なのに)

 内容はけっこう変わっている。まず2018年にダンサーの荒悠平さんが「戯曲を書きたい」とマチコさん(=松田弘子さん)に話したことがきっかけで戯曲『コココーラ』を書き上げた。第1章は、その上演までの道のり(出演者は山内健司とマチコさん)を小説という形で書いている。…が、いわゆる「小説(フィクション)」ではなくて、あくまでも荒悠平さんが「(現実の)マチコさん、コココーラ上演チーム・コココーララボを取り巻く状況について」どう見ているかをつづったものだ。そして第2章『コココーラ』上演までのプロセスの記録。語られた言葉を丁寧に拾うことで、俳優たち2人の思考の軌跡が見えて誤解の解消や歩み寄りの瞬間が見えたり、それぞれの暗黙知がなんとなくわかったり、関係者が何を問題視しているのかが明らかになったりしている。それらを読んだうえで、収録されている台本『コココーラリミックス』(『コココーラ』の短編スピンアウト)を読むと、かなり深い味わいを感じることができる…という構成だ。

 まず荒悠平さんの説明の丁寧さに驚く。おおよそ、舞台に関心がある人しか手に取らなさそうな本書(そんなこともないのか?)ではあるが、舞台関係者の共有している「常識」を説明しているのが面白い。でもこういった定義説明とか言語化は地味に大切で、これをできるからこそ、荒悠平さんはマチコさんと山内さんの二人の些細な「ずれ」に気づいて「通訳」できるのだろうなと思う。同様に、第2章でも関わる人たちが語る言葉を拾って互いに差異を確認して共感できる部分を深めていく過程は、丁寧の一言だ。そこが、(このプロジェクトが始まった時の)山内さんの「自分の作品だと思いたい」に応える作業になっていたと思うし、「演劇の本質はミーティングだと思うんですよ」に繋がっていると思う。この辺りは読んで確かめてほしい。

 個人的にはマチコさんと山内さんの演技のアプローチの違いに、しみじみニマニマと楽しんだ。性格の違いが出ていて、そこから発言の背景も見えて来て、仮にたどりつくものが同じであってもルートが違うというのが見えた気がして、面白い。

 本書を読んで「残すこと」は地味だが大切だと痛感する。思考の軌跡もそうだし(本人でさえ、自分が変わったことを忘れて最初から「そう」だったと思いこむことがある)、普通だったら口の()に出た途端に消えるような言葉(想い)――例えば舞台業界のハラスメント問題について、コロナ禍で作品を作ることについてなど彼らが吐露した言葉――を残す意味はある。なぜって、その変化を追って、消えゆく思いを捉えて、言葉にならない何かを残すのが、まさに演劇だから。そうか本書そのものがいわゆる演劇的体験だったのだと、読み終わった今、気がついた。

 

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