本の紹介(11)
『岩は、動く。』 矢内廣 ぴあ 2022年

舞台芸術に特化したこのブログで、経営者の自伝を紹介するのはお門違いと思われそう。でもこれは、舞台エンタメ好きなら誰もが一度はお世話になっているだろう「ぴあ」の創業者の本なのである。…と、ここで問題。あなたが「ぴあ」と聞いて頭に浮かべるのは、雑誌? チケットぴあ? PFF(ぴあフィルムフェスティバル)?
雑誌の「ぴあ」は今から15年も前の2011年に廃刊になってしまったし地方では流通していなかったから、なじみのない人もいるかもしれないけれど、この雑誌が画期的だったのは「カルチャー系の全ての情報を網羅」していたこと。今はネットですぐに検索できるから、例えば映画のタイトルから上映館を探すことも、逆に映画館から今やっているすべての映画作品を知ることも、つまり双方向の探し方ができる。さらには大雑把な「場所」「時間」の都合に合わせた作品を見繕うなんてことも――そんな曖昧な検索ができちゃう。便利になったもんだ。でも一昔前は情報を得るのがとても大変だった。地方都市に住む私も、ぴあと同種の『シティ情報ふくおか』がなかったら、映画情報なんて新聞で得るしかなかったもんな、年がばれちゃうけど(笑)。ここでは映画を例に出したけど、舞台作品も展覧会も同じ。インターネットのない時代に「な~んか面白いことやってないかな」という探し方ができるすごいガイドだったわけです。
PFF(ぴあフィルムフェスティバル)も自主製作映画の登竜門としてすっかりおなじみだが、我らが寺山修司の話だけここで紹介したい。アワード選抜の話し合いをしていた審査員の大島渚、寺山修司、松田政男(映画評論家)、田村孟(脚本家)たち、(酔っぱらっていることもあって)灰皿が飛ぶほどもめて話が全然まとまらない。落ちついた頃にそれまで黙って聞いていた寺山修司が青森弁で訥々と話し始めるとみんなウソのように納得してしまったのだという。そして後日、審査員会の録音テープを文字起こしすると、意味を汲み取るのに苦労する他の人の発言と違って、寺山修司だけは発言通りでちゃんとした言葉になっていたそうだ…!
チケットぴあについては「演劇の歴史」シリーズでしっかり説明したいので詳細は省くけれど、これがいかに革命的だったか、知らない若い人のために書こう。昔は「プレイガイド」って実店舗があちこちにあってそこでチケットを買っていたのですよ。でも今みたいにオンラインシステムではなくそれぞれの店舗に紙チケットが配分されているから、A店舗で売り切れていてもB店舗にはたくさん余っている、なんてことがあった。発売後すぐに買ったB店舗チケットより開催日ギリギリに買ったC店舗の方が良い席が残っていた、とかね。そんな不平等とか不満とか苦労とか面倒とかが、オンラインシステムのチケットぴあの登場で一気に解消されたというわけ。これはホントにありがたかったなぁ。よその土地の公演も買えるようになったし。この本には書かれていなかったけれど、個人的にはリセールシステムも目の付け所がさすがの画期的なシステムだと思ってる。「買ったはいいが行けなくなってしまった公演のチケット」を行きたい人に買ってもらうシステムなんだけど、これもオンライン販売だから可能になったと言える。チケットを手放す人も(手数料はかかるけど)お金が戻って来るし、買う人も助かるし、興行側も空席がなくなるし、なによりダフ屋の横行を阻止することができる。誰にとってもいいシステムだよね。
舞台芸術を社会に浸透させるためのインフラストラクチャ―を整備したぴあ。ぴあという会社の社史であり社長の一代記でもあるが、ここ50年のインフラの変化を本書で感じることができるだろう。今回は、ちょっと毛色の変わった本を、紹介してみました。

