映画『走れ!走れ走れメロス』

●走れ!走れ走れメロス

監督・編集:折口慎一郎

出演:曽田昇吾・常松博樹・石飛圭祐・佐藤隆聖・亀尾佳宏

『走れ!走れ走れメロス』が上映されると聞いて(しかも九州初上映)、諫早独楽劇場(諫早)まで行ってきた。昨年度、高校演劇界で話題となったドキュメンタリー映画である。(後から調べると、第14回下北沢映画祭で審査員特別賞や観客賞など4部門を受賞、うえだ城下町映画祭実行委員会特別賞受賞、東京ドキュメンタリー映画祭2022入選などなど受賞歴がまぶしい。)

 舞台は島根県雲南市。三刀屋高校掛合分校は全校生徒わずか70名の小さな高校だ。そこに通う曽田・石飛・常松くんは、トラブルを起こして停学になったり周りから浮いていたり学校になじめなかったりしていた。「あの3人はダメだと思われている」(本人談)子たちだったが、演劇部顧問の亀尾佳宏に誘われ、初めて演劇に触れる。(裏方志望の佐藤君も照明として参加。)「下流」を「げりゅう」と読んだり、セリフを全然覚えていなかったりと前途多難な彼らだが、高校演劇の地区大会に初めて出て、他校の公演を見てショックを受け(当然のごとく彼らは地区大会は敗退)そこで初めて演劇をやることに目が覚めていく。彼らの中に「演劇やりたい」「人に見てもらいたい」という気持ちが生まれていたのだ。実は2021年当時はまだコロナ禍真っ只中で、地区大会は無観客上演。亀尾は観客がいる所で演じさせてやりたい、その環境を作ってやりたいと、観客アリの自主公演を行った。

 ところがそれだけでは終わらなかった。なんとその公演で、亀尾が「若手演出家コンクール」の一次予選に通過したのだ。本選は下北沢。「下北沢ってどこらへんなんだろうなぁ~」の言葉で分かる通り彼らがどのくらいその価値を分かっていたかは怪しい。だがその上演で亀尾は最優秀賞を受賞! こうして彼らの芽は大きく育ち開きかけた…矢先の3月、公立学校教師である亀尾が異動になる。涙でぐしょぐしょになりながら、別れと感謝を告げる――そこまでの約半年をカメラが追い続けている。なお、その翌年(亀尾が顧問でなくなってもということだろうか)彼らは地区大会を突破、中国地方の3位に輝いたのだとの言葉で映画は幕を閉じた。

 まず本映画が地区大会の3日前から始まることに少しばかり驚いた。というのも通常、高校生の演劇活動を撮るドキュメンタリーなら、大会前直前ではなくもう少し前の練習風景から撮るのではないかと思うからだ。幸いにも敗退したはずの作品があれよあれよと違う展開を見せたが(顧問のコンクール受賞、勤務先異動などはドキュメンタリーとしては「ラッキーな誤算」だろう)、そうならなかったらドキュメンタリーとして成り立ったのかと心配になるほど。実際に彼らの練習風景や3人のキャラを分かりやすく際立たせた撮り方をしていない。その点が、この手のドキュメンタリー映画にしては珍しいなと思う。アフタートークに来ていた監督にその点を指摘してみると「そうですよね…出来事が先行した映画です。あまり考えずにとにかくこれから演劇やろうとしている子がいるから撮ってみようと思った感じで」との回答。ただ、密着取材をやって「作品」たらしめようとする欲(いわゆるテレビのドキュメンタリーみたいに、作品にしなくっちゃ、みたいな)がないのが、感動の押し売りにならずに良かったのかもしれない。

 それにしても生徒たちの素直なこと。授業中に教師に注意されているシーンが映っていたしケンカして停学になったとも言っていたけれど、少なくとも演劇に取り組んでいる彼らの様子は、斜に構えるでもなくカッコつけようとするでもなく、ただただ楽しそう。また亀尾先生が「熱血、演劇指導!」という風でもないところがいい。地区大会でよその高校のクオリティに愕然としている彼らに「(君たちの作品は)爆発力はあると思う」なんて一言は、慰めなのか励ましなのか、なんだかよく分からないが微笑ましい。彼らの『走れメロス』も上演する度に変化していて――「演劇って脱いでいいん?」などと言っていた彼らが、初演では上だけ脱ぎ(下はズボンを履いたまま)、自主公演の時はズボンも脱ぎ、でも適当にバラバラのパンツ姿、そして下北沢での公演の時にはなんと真っ赤なパンツ、真っ白のブリーフなどパンツも主張しているという…衣装の発する意味をも考えていた――彼ら自身の解放感や工夫や、演劇の面白さに目ざめる過程の表れでもあって面白い。

 この亀尾佳宏先生というのは高校演劇界では有名人らしい。ご本人も劇団を持っているようだが、劇王にもなった経験もあるし、演劇の楽しさをよく知っている人だ。高校教師として「鬱屈した日常世界でもがいている生徒」を見つけ、演劇人として彼らに「非日常の景色を見せ」(by 亀尾)ることができたのは彼だからだろう。つくづく、出会いだなと思う。彼らが亀尾に出会わなければ演劇の面白さに目ざめることもなかっただろうし、亀尾もまた若手演出家コンクールで最優秀賞をとれたかどうかもわからない。

 演劇の楽しさ。先生と生徒の信頼関係。子どもたちの可能性。コロナで失ったものとそれでも失っていないもの。どんな個性も受け入れる演劇の度量の広さ。素直であることの大切さ。人との縁の不思議とありがたさ。色んなことを感じる映画だ。気づくと、彼らの(映画の中の)上演が終わると拍手をしていた。映画を通して彼らの芝居を見ていたのだと思う。

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