『チョコレートコスモス』(恩田陸)

本の紹介(1)

『チョコレートコスモス』 恩田陸 2006年(毎日新聞出版)2011年(角川文庫)

 芝居の面白さを描いた漫画といえば真っ先に浮かぶのが『ガラスの仮面』(美内すずえ)である。貧乏で見目麗しいわけでもなく不器用な北島マヤが演劇の魅力に取りつかれて幻の舞台『紅天女』を目指す物語だが、彼女の生涯のライバルとなるのが姫川亜弓、芸能一家に生まれ美貌も才能も持つ(そして努力もする)彼女もまた同じ『紅天女』を目指す。(ちなみにまだ完結していない。)その『ガラスの仮面』を彷彿とさせるのが、今回紹介する『チョコレートコスモス』だ。天才型の佐々木飛鳥と、演劇サラブレッドの東響子の二人が主要登場人物だからだ。偉大なる演劇マンガと同じ設定とはなかなか大胆だが、そこはやっぱり恩田陸、面白い。

 面白さの理由は作品の中に登場する芝居、劇中劇にある。本作は主人公2人が芝居を作っていくプロセスを描くのではなく、その前段階のオーディションを描いているのだが、2回に亘るそのオーディションで2本の短編芝居が繰り広げられる。現実では俳優を選ぶ舞台オーディションで戯曲を丸々1本演じさせることはほぼない。だが本作は、変わり者のプロデューサーによる企画であるために、オーディション受験者に戯曲と無理難題を与え「どう演じるか」が課せられるという設定だ。

 うまいなと感心するのは、その戯曲が恩田のオリジナルではなく既存の戯曲を使っているところ。イギリスの作家サキの『開いた窓』とテネシー・ウィリアムズの『欲望という名の電車』がその戯曲だ。読み継がれてきた古典戯曲には、それをいかに「調理」しようとそれを許すだけの強度がある。「どう演じるか」の部分だけに集中して楽しめるというわけだ。4人の受験者が、無茶振りの課題をどうこなすかを読むのは4通りの芝居を見ているかのようで、実に楽しい。しかもそれが2回も!(オーディションは二次審査まであるからね)特に『開いた窓』の無茶な課題にそれぞれがどう応えるのかは、とんでもなく面白い。芝居に関わる人は演出家も俳優も脚本家も皆「自分ならどうするか」と考えながら読むだろうし、私のような観劇に徹する者もただただワクワクしてページを繰る手が止まらないだろう。

 芝居好きなら特に、読んでほしい一冊である。

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